増野鼓雪と天啓

増野鼓雪の書き残した文章を通じて真実の天啓を探求していく

教祖略伝 主婦(五)

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中山家の東側に位置し、石上神の奥の宮といわれている八つ岩がある東の山を拝める様に布留御魂神をお祀りしていた氏神春日神

医者、薬、禁厭と、手を変え品を代えて看護の限りを尽くされたが、その効が少しも見えないので、この上は神仏の加護によるの外なしと、奈良の二月堂、春日神社、稗田の大師、武蔵野の不動明王等に跣足詣の願をかけ、氏神へは殊に丹精を擢んでて我が娘二人の壽命に代えて、預かり子の難病を救われたく、尚不足ならば、満願の後は我が身を召させたまへと、一心に祈願をなされた。

誠は天に通じ至誠は鬼神を泣かすというが、瀕死の預かり子も教祖の至誠により、翌日から熱は引き疱瘡は落痂て全快するに至った。その両親は喜びのあまり咽び泣いた。

隣家の喜び引き代え、その後中山家には不幸が続出した。天保元年教祖三十三歳の時、二女安子様が逝去さられ、翌年九月三女春子様を、天保四年四女常子様を産まれたが、天保六年常子様は三歳に夭死された。

 

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