海外布教の機運(七)

今度十一月廿七日の独立記念祭に、その方法が発表されることになって居りますが、年限から云っても、これが当面の問題として横たわっているいのであります。いづれ近く支那朝鮮に、伝道の機関も設けられることにでありましょうが、機関が出来ても、人が出て行かなければ何にもならないのであります。それはなぜかと云うに、神様は人間をお造りなった、所が人間は食物を求めて、段々外国の方へ渡ったのであります。日本の現状は人が多くなって食へなくなったいます。だから何れ外国へ足を延ばさねばならないのであります。本部の方針が決定していなかったために、今まで神様の御守護が餘りなかったののでありますが、今度その方針が決定されたのでありますから、神様も充分御守護を下さるだろうと思うのであります。その時は、矢張り余裕のある教会でなくてはならのであります。この余裕のある教会が、海外布教に経験のある会長を迎へたのであるから、この教会のやらすと云う神様の思召がと思うのであります。何にしても、物の始めと云うものは小さいものが、それが段々大きくなって行くのであります。この講習会が小さな渦であるが、やがて全天理教をして海外布教の渦であったのですが、あゝ云う大きな渦になったのであります。とに角この余裕のある教会が、この様な会長を迎へたことについては、天理教全体の人が興味をもって見ているのであります。
どうかこの機会を逸しない様に、将来天理教の大勢の上から御判断下さって海外布教の渦を要す一つの大きな動因を作って頂きたいことを、切にお願いす次第であります。

NEW 資料 一の打ち明け
「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。そして中央に、いざなみのみことを山沢良助氏といざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。
一の打ち明けより
NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)
吾身を忘れ、人間思案を捨てて、日々つとめはけむのが一番理に適うと思う
★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
⇒十柱の神の守護の理と八つのほこり
★【門外不出資料】
教祖140年祭、三年千日記念
★大正時代の別席講話
(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)
信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
★このやしきもとのかみ/\でてるから
にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは
★お金と信仰について 百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)
☆やまと探訪☆
NEW★月日神社
☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈
★10月26日秋の大祭記念→十柱の神の御心と御守護
※元の神、実の神々と出会う処→ふるのさとへ!