改築の時旬(二)

それでは神様が部下へお出になって、どう云う事からお働きになるかと云うとことについて、近頃私が特に悟ったことは、神様が教会の改築と云うことに働きにお出になると云うことであります。現在の状況から見まして、全天理の三部のいちが改築を考へているのであります。それではどう云う所から、この様に改築が盛になったかと云へば、これには教理的の根拠があります。
皆さんもよく知ってをられる様に、天理教では元治元年に、初めて勤場所が建てられたのであります。あの建築の時御教祖が本席様に「この勤場所は三十年経ったら建て替へるのやで」と仰せられたのであります。その後御本席がお出直しの時に、今の本部神殿の建築となったのであります。三十年経ったら建て替へると云うことが、天理教建築の原則になっております。この意味から云って明治二三年或いは五六年経った教会は、年限の理から云っても、どうしても改築せなければならぬことになっているのであります。ですからどう云う理由で改築するのではなく、年限の理が然らしめるのであります。若しこう云う旬に改築を遅れたら、年限に於いて十年は遅れます。少なくとも五十年祭後でなければ、改築することは出来ないことになります。私は自分の教会の改築についても、部下が疲れているので延ばしたいと思って、去年一年考へましたが、どうも延ばすに延ばせない時であります。今年から三年経てば四十年祭後四年になります。普請は三年計画でやっても四年かゝります。あとの一年は後仕舞や何やらかやで延びるものであります。それで今日から掛らねば、五十年祭の匂いけがは、少なくとも五年前に打ち出されると思います。それで五十年祭と教会の改築と、二つ担へば大抵の者は参ってしまいます。既に四十年祭と教会の改築と立て合って、いまだ困っている教会があります。だから二つ立て合はないために、今からかゝるのが最もよい旬であります。
然しこの景気に悪い時に、教会の改築をすると云うことは、無謀であると考へると人があるとかも知れまsんが、しかし道としてはそう云う訳には行かないのであります。なぜならば教祖五十
年の雛形は、人間として雛形であります。人間個人としては五十年の道すがらは、助かる上の道するがらであります。しかし教会と云うものは、御教祖五十年を雛形としても、それはいけなのであります。なぜならば、教祖は教会をお作りになったことはないのであります。教会は本部が明治廿一年に設立されてから今日まで通って来た道が雛形であります。教会は教祖の精神が根本でなければならないけれども、教会を如何に経営し、如何に修理して行くかと云う教会としての雛形は、本部に求めるより外はないのであります。
NEW 資料 一の打ち明け
「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。
そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
~一の打ち明けより抜粋
NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)
吾身を忘れ、人間思案を捨てて、日々つとめはけむのが一番理に適うと思う
★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
⇒十柱の神の守護の理と八つのほこり
★【門外不出資料】
教祖140年祭、三年千日記念
★大正時代の別席講話
(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)
信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
★このやしきもとのかみ/\でてるから
にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは
★お金と信仰について 百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)
☆やまと探訪☆
NEW★月日神社
☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈
★10月26日秋の大祭記念→十柱の神の御心と御守護
※元の神、実の神々と出会う処→ふるのさとへ!
改築の時旬(一)

四十年祭前から天理教の人々は、四十年祭は「よなほり」の旬であると云うことを理解して、この旬に乗って大いに働かかせて頂かねばならぬと云う自覚の上に、道全体が全力を挙げて活動して来たのであります。所がこの四十年祭が済むと、今度は、今までのめどうが無くなったものでありますから、お道は今後どうして行けばよいのか、サッパリ分からない様になったのであります。あちらで勝手なことを云い、こちらで勝手なことを云っているが、結局どうなるか判らないのであります。
私も昨年一ヶ年これはどう云うことになるのかと色々考へて見ました。或は海外布教が本教の大勢となるのかと思ったが、これは余り捗々しく進まない。また読書時代が来るかとも思ってやって見たがこれもいかない。誰も本を読まない。
しかしその間にこう云うことだけは分かったのであります。
これは私の悟りでありますが、それは四十年祭が済むと共に、神様が部下へ働きにお出ましになると云うことであります。何故なれば四十年祭後、部下が非常に困って来て居ります。又もう一つは四十年祭後になって御地場が非常に淋しくなったことであります。お道も四十年祭までに全体の人間が御地場に向かって集まったのであります。所が四十年祭後は、人の心が各自の教会に向かって居りまして、これは親が枝先へ行かれたから、皆ついて帰ったのであります。それでは神様が部下へ来て下さったのなら、苦しむ所はないのではないかと考へるかも判りませんが、しかし神様はそう人間の思う様にうまい工合にはして下さらない。神様が私等に近寄って下さる時には、助けるに先立って先づ苦しみを与えへ下さいます。身に障りがつくか、事情に苦しみがあって、始めて神様が近寄って来られたことが判るのであります。これを言葉を換へて云いますと、神様が人間に近寄られる時には、先づ苦しみを与えられるのであります。吾々に苦しみが来た時は神様が側にいて下さる時であります。それでこの頃部下が苦しくなったと云うことと、お地場が淋しくなった事によって、神様が部下へ働きに出られて居るとこと悟られるのであります。
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そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
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教会の復興(三)

世界の難が、お道の栄になるのであります。と云って世界の節を持つ訳ではありませんが、今までの歴史がそうなっているのでありあます。
天変地異と云うことも、神様が多くの人に何物が覚醒の道を与えておられるのであります。その時道の力が、人の胸に映って行くのであります。それで私は、世界の不景気と云うことは、意とするに足らないと思います。寧ろこの時に際して、精神を振り立てて働いて行くことが道であろうと思います。
されば、こんな時こそ、お互が心を定め、教会の復興をさせても貰って、神様に安心を願はなければならぬのであります。それを無茶だと思う人は、信仰のない人であります。又そんな上級教会があったなら、それは信仰のない上級教会であります。私等が何でもと云う覚悟でやれば、神様は捨てて置かれないのであります。
前にこんなことがあったのです。それはある教会が一例でありますが、信徒が五六人集まって裏住居をしていたのであります。所が教会の建築をしようと云う相談をしたのであります。拵へようと云うても道もなにも分っていないのですが、愈々建てることになって、その内の一人が材木を買って来るし、一人の者は俺は左官をやろう、又一人は私は屋根屋をやろうと云うので、到頭貧乏人が寄り集まって教会を建て出したのであります。その時その上級教会が、そんな無茶なことをしては困ると云ったのですが、私等が寄ってやるのだから構わないと云って、左官屋は土を待って来る、大工は木材を運ぶと云う様に、どん/\教会を建て上げるのであります。
所が同じ部内に元宣教所の所長で、二萬円程金を持って居たが、金があったので所長をやめて商売をしいた。ところが病気に罹って、今度はどんな事でも致しますから助けて貰いたいと申し出て来た。そこで、今こう云う事をしているから、あそこの所長さんになってくれないかと云うと、それは結構ですと云うので所長になったのであります。外では所長さんが信徒を拵へて所長になるのだが、こゝは信徒が所長を拵へたのであります。
今の世の中には金が有り余る程あるのであります。銀行へ行って御覧なさい。要らん程あります。そこの金庫になる金は、兎に角鍵さへ持って行けば出るのであります。けれども、その合鍵がないのであります。そうかと云って本当の合鍵を持っていても、そこの重役が、どうしても出さぬと云ったら、出すことは出来ないのです。宜しいと云ったら誰でも出せるのであります。その宜しいと云うたり、出さんと云うのが、そこが神様なのです。神様が人の心に這入って、出してやれと云ったら幾等でも出るのであります。
私がある先生の所へ行って「これから或所へやらして頂く」と云った時に、その先生がこう云うことを云はれました。この道は向いているものを、こちら向けて頭を下げさす道やと仰しゃいました。私はその時何ともなしに帰って来ましたが、丁度その時お客さんがあって、私の小さい子供が出て来てので御辞儀をせいと云っても、どうしてもしない。仕舞にに頸を折って抑へたら、すっと逃げて仕舞いました。それでよく云い含めてやりますと、矢張りお辞儀をします。せよと云はないでも、得心をしたらする。得心をしなければ、なんぼ抑へられてもしない。向こうの人に成程と得心させたら、自由用自在であります。それには自分の心を定めるよる外ありません。
又前にこう云うことがありました。松村先生が入獄された時に、大和は寒い所で炬燵を入れて寝ます。炬燵を入れて寝ると云うことは当たり前の事で、別に悪いことではないのですが、その年に松村先生が入監せられたので、自分等はこうして暖かい所に寝ていたが、先生は何もない所で寝ておられるのだと云うことを感じて、炬燵を入れて寝るのは悪いことではないが、何となく気が済まない様に感じたのであります。これは言葉で教へられたのでなく、事実の理によって足納を教へられたのであります。此の事実の理さへ造って行けば、如何なることでも成り立って来るのであります。即ち運び尽さねばならないと云う理を、こちらで作ればよいとのであります。
故に来年はどうしても復興させて貰うと云う、精神を持って貰いたいのであります。私等も復興には、力を注ぎたいと思っています。それが教会として神様に仕える道であると思います。他の管内はどうである知れませんが、私は東京の管内は、これが一番目の前に横たわっている重大な問題であると思います。これを何とかしてやらなければ、後々の道が開かけて来ないのであります。
今日は幸い皆様が寄って下さったのでありますから、これを申し上げて、皆様のお考へを願いたいと思うのであります。

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そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
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教会の復興(二)

お道もその時になれば、大いに復興せねばならぬのであります。今日までは四十年のために、自分の教会の仕事も構わずに、只管御本部の四十年を盛んにしなければならぬというので、何もからも打ち捨てておいて、働かし頂いたのであります。ですから四十年祭後は、、自分の教会の打捨ててあったのを、何とか方法を付けなければならぬ時はが来ているのであります。いはば、今まで向う向いていた目を、今度は自部の足元へ移さねばならなくなったのあります。又これは神様にしても、親のことをしてから自分のことをするのであるから、お許しになることと思います。
昨年以来、私はこちらの主事の方々に御依頼して、管内の教会を全部廻って頂いたのであります。その結果によりますと、大多数の意見として聞くべきことは、どうも枝先の教会は、殆ど完備していない、教会としての体面を維持して行くことは、どうかと思われる所が沢山あるということでありました。
如何に御地場が立派になり、廣くなったといっても、各土地所にある教会が、見すぼらしいというのでは、却って本教を軽んずる結果になるから、そう立派でなくとも、参拝しても心持ちが悪くないと云う程度には完成して行かなければならぬと思うのであります。東京の教会はバラックでありますから止むを得ないが、その他の教会も随分見ずぼらしい所があるのであります。
こう云う点から考へますと、各県に致しましても、東京のバラック教会に致しましても、今度は少なくても、人が見ても悪い感じを与へない様にして貰いたいのであります。それが今日なすべき旬でありまして、この際にこれを行はない時には、又遠からず本部から五十年の匂い掛けをせられたら、本教は又全力を挙げてこの五十年祭に活動せなければならないのです。私は、これはやれば出来ると思います。今日はその旬であります。今は復興の旬であります。教会が復興すべき旬であると自覚して立つならば、志ある所に神様が御守護下さるものだと思います。しかし四十年で疲れているし、世界は不景気だから、そんなことは出来ないと云われるかも知れなないが、それでは何時まで経っても出来ないのであります。棚から牡丹餅が降って来る様な訳には行きません。どうしてもお互いが苦しんで作り上げなければならぬのであります。
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いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
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教会の復興(一)

確か昨年の九月であったと思いますが、本部に於いて教庁の職制が発表されまして、それと同時に、その職制の上から夫々任命があったのであります。それ時各教務支庁も更迭になりまして、こちらに永らく勤めて居られました梶本庁長が、奈良にお移りになり、こちらは私が受け持たして頂くことになったのであります。
私はその辞令を頂いた晩に、心静かに考へて居りますと、今度東京へ云行かねばならないことは、何か神様が自分にせなければならないことを言い付けて下さるに相違ない、という感じがしたのであります。ところでその時、問題になっていたのは、東京の教会の復興でありました。そこで自分は、微力ではあるが神様がそう方面に力を入れよと命じて居られることを感じなのであります。それ以来、どうかして東京の教会の復興をさして貰いという心が、終始私の胸にあったのであります。けれども、丁度その時は目前に四十年祭が控えて居りましたので、そのことに意を注ぐことが出来ずに、又本年の四月には管長様が東京の帝国大学に御入学になりまして、こちらの支庁にお出になりますために、私も亦そのことに没頭せなければならいことになり、色々多忙を極めまして、事情已むを得ず、最初の使命に向かって全力を注ぐことが出来なかったのであります。なほ今一つ、四十年最後、本教の教勢が甚だ疲れ切っている様に見受けられますので、この際餘りやかましく云うのも少し考へものだと思いまして、実は私の裏心の考へをお話しなかったのであります。
しかし四十年祭が終わりましてから、はや一年近くになのでありますから、いくら寝坊でも一年寝たら目が醒める筈であります。又東京の震災から申せば三年目であります、何もない處からでも、三年経てば一寸目に立つものが出来きて来るのであります。東京市の復興事業から申しましても、最近余程進行した様でありますから、多分来年度あたりから、本当の仕事に這入って来ることと思います。
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信仰の復活(三)

親は子供を決して苦しめようという上から頭を叩いているのではないのであります。叩かれことは痛いに違いありませんが、何故叩いてくれたかということを考へて、親の心を悟ったら、その叩かれたことが、どれだけ嬉しいか分からないのであります。親になればこそ叩いたのであります。これと同じことで、神様は可愛いから叩いて下さるのでのあるから、その苦労を喜ばねばならないのであります。
現在の天理教全体の道が衰へていることは、更に大きい道を踏み出す根本であります。節から芽が出るのでありますから、その神意を理解することによって、助かることが出来るし、又道も大きくなるのであります。そういう点から考へて見ますと、神様は今部下全体にお出になっているのであります。この点を理解したならば、真に道を通るのはこれからであるから、ということが考へられなければなりません。
四十年祭のために我々は働いたといいますが、そんなことはありません。四十年祭で教会が出来る、金が出来る、教校生も出来る、面白半分に花見気分の様な心持ちで通ったので、私等はえらい面白いものの様に思っていたのであります。ですから、今までの道は、神様の育てて貰った道で、これからは皆が益々働かせて貰う時であります。今までは神様の慈悲に浴して、大きくなった様なものであります。これからはボチ/\叱られるのであります。こゝに私等の宗教的生活が本当に現れるのであります。ですからこれからは本当に面白いのであります。部下へ神様がお出で下さって、お働き下さるということは、これは神様が天理教全体に、改築の旬をお与へ下されたのだと思うのであります。然しこれは天理教全体のことでありして、餘り必要のないことでうすからこゝでお話しませんが、今は教会改築の旬であるのであります。ですから、これからはいうまでもなく、何れも教会の改築ということを、行はなければならいのであります。
殊に東京の復興は、この機会をおいて再び得がたい時でありますから、皆さんも共々に、更に苦しみを担って通ろうという心懸けで、この教会復興の事業に着手して下さらんことを、特にお願いして置きたいのであります。

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信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
★このやしきもとのかみ/\でてるから
にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは
★お金と信仰について 百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)
☆やまと探訪☆
NEW★月日神社
☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈
★10月26日秋の大祭記念→十柱の神の御心と御守護
※元の神、実の神々と出会う処→ふるのさとへ!
信仰の復活(二)

助けて下さる下さらないとは神様の御勝手次第で、私等は正しい道を通らして貰へばよいのであります。教へ通りに行く心さへあれば、それでよいのであります。もっと助かりたければ、もっと多くの困難を受けて行く心ならばそれでよいのであります。私の考へる所では、神様のもう貴方方の方へ行っておらえれる様に思うのであります。
即ちもう神様は部下へお出になっているのであります。何故そんなことを云へるかと申しますと、私は自らこういうことを考へているのであります。若しも神様がお地場においでになるものならば、本教の人心は御地場の方へ向いていなければならない筈であります。丁度子供が親を慕うて、親の後追って歩くように、総ての人の心が、御地場の方へ向いていなければならない筈であります。現に四十年祭の時には、神様がお屋敷に帰って働いて居られたから、本教
全体の精神が、御地場に集中されていたのであります。何をやっても御地場ということが念頭から去らなかったのであります。一つの話をしても四十年祭、御地場と話しのであります。それで又不思議な御守護があったのであります。然るに四十年祭が済むと同時に、御地場に向いて居った心が、皆自分の教会へ帰って来たのであります。今日までは本部のことをさせて貰ったが、今日からは何とか五ヶ年の間放って置いた、教会をよくせなければならぬと云うことになったのであります。これが抑々神様が部下にお出になった証拠であります。人によると、こういう質問をする人があります。若しも神様がお出になったいるものならば、もっと部下が旨く行きそうな筈である、もっと助けが沢山あり、教会も何も困らずに行きそうなものだ。この頃の教内は皆困っているではないか。困っているにもかゝわらず神様が働いているというのは、そんな理屈はないじゃないか、という人があるが、それは大変間違った考へで、お道を知らない人がそう考へるのであります。本当にお道の意義を解しているものは、そんな事ではいないと思います。私自身の体験から申しましても、神様が私等にお近づき下さるには必ずその前提として、苦しみの来る
のは当然であります。もっと解かりよい言葉で云いますと、神様が私等に近づい下さる前ぶれとして、苦しみが現れて来るのは当り前あるというのであります。神様が、人間をお道に入れようとなさるには、必ずその人間に苦しみを先にお与え下さるのであります。事情で引き寄せるか、身上で引き寄せるか、それの意思が神様に現れて来た時に、その上に苦しみが現れて来るのであります。又大きな仕事をやらしてもらう、立派なことをやらしてもらうとう時には、私等は先づ苦しまなければならないのであります。ですから、私等に苦しみを与へ下さるということは、神様が非常に近づいておいて下さる事であって、神様が傍にお出になるから苦しみを感ずるのです。だから苦しみは神様が近づいてをられる証拠なのであります。それで本教が四十年祭後困っているということは、神様が近づいてをられるということであります。それが分らぬようでは仕様がなのであります。

NEW 資料 一の打ち明け
「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。
そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
~一の打ち明けより抜粋
NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)
吾身を忘れ、人間思案を捨てて、日々つとめはけむのが一番理に適うと思う
★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
⇒十柱の神の守護の理と八つのほこり
★【門外不出資料】
教祖140年祭、三年千日記念
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信仰の復活(一)

人間というものは妙なものでありまして、どこかに身体がわるくなると、非常に気になるものであります。一寸目の具合がわるくなると、非常に目が気になります。歯が痛いと気になります。所がその歯や目の悪いのが、今度腹痛くなると、その歯や目の痛いのを忘れてしまうのであります。そして今度は腹ばかり気になる様になるのでありますが、こういうことは私等が日常生活の上で、度々実感することであります。これは何でもないことでありますが、このことは非常に大きな心理を持っていると思うのであります。これから考へて行きますと、四十年祭後、お道の各教会をズット見渡して見て、随分苦しんでいる教会もあるし、又苦しんでいる布教師もある様に見受けられるのであります。貴方がはた困っていないでしょうが、中にはどうしたらこの窮境を脱することが出来ようか、ということをいつも念頭に置いて、何とかして神様に御守護をいたゞいて助けて貰いたいと、一生懸命になっている方が沢山ある様でありあます。しかし人間として、これは助けて上げたくもあるし、助けていたゞきたくもあるし、人としては、助かりたいと思いしょうが、どうも神様は意地の悪いもので、仲々人間の思う様にして下さらにのであります。世界でも譬への中に「くれ/\坊主にやりともない」ということを言います。助けてくれ、助けてくれというものは、助からない様であります。私には斯ういう経験があります。私が大変胃を悪くした時に、何でも懴悔しなければ助からないと懴悔ばかりしていましたが、懴悔する程悪くなって行くのです。それから、これはもう幾らやっても駄目だと思って、その結果懴悔せぬと決めたのであります。そうしたらすぐ癒ったのです。それから後になって考へて見ますと、助けてくれという心は、甚だ汚いということが分かったのであります。助けてくれなくとも宜しい、という心は綺麗な心だから、神様は助けて下されたのであります。ですから世界で申す「くれくれ坊主にやりともない」ということは心理であります。それで皆様もあんまり頼み過ぎてはいけないのです、もっと/\苦労する覚悟さへあれば、現在は助かるのであります。

NEW 資料 一の打ち明け
「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。
そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
~一の打ち明けより抜粋
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信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
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内容の充実(五)

それで、この四十年祭後、如何なる決心をもって進まねばならないかと云へば、どうしても若い人が、内容の充実に尽さねばならのでありまするが、これは青年だけの仕事ではないのであります。神様の仰しゃった様に、青年と云うのは元気があるが、頼りにならならないものであります。若いものは偉そうに云うことは知っていますが、世間のことは左程判らないのであります。向う行きは強いが、腹の中は弱い。理屈は云うが、一寸言い負かされると参ってしまうものであります。ですから布教にで出て行って、一寸行き詰るとすぐ帰って来るのであります。だから、矢張り、そこには老人の扶けがなくてはならないのであります。それで今度は若い人がうんと教師を勉強して貰はなければならぬ。何故かと申しますと、総べて何事をするにしても、その根本となるものは心であります。お道の最も大切なことは、心に向かって教理を説くということであります。心の奥にまで教理を徹底させなければならぬのであります。
それで自分の心が清く済んで来れば、人の心が明らかに映って、その人が心と、自分の心とが、互に触れ合うことが出来るのであります。お道のものがお助けに行って、向こうの人の心が見えるようになれば、先づ一人前であります。向うの心が見ない間は、まだ盲目も同然であります。
今の人はよく徹底ということが云いますが、この徹底ということは坊さんの言葉でありまして、上から見て底の見える程、澄み切ったことが徹底というのであります。ですからお互は徹底すれば良いのであります。徹底さへすれば、底のムラ/\が鮮やかに映って来るのであります。
要するに私等は、今まで四十年祭ということを目標として働いて来たのでありますが、それはたゞ一つの道すがらに過ぎなかったのであります。教祖の年祭をするということが、目的ではないのであります。私等の目的は年祭ではなく、神様の御心でなければならぬのであります。教祖の道を、千分の一でも通らせ貰いたいということが、私等の願いでなければならないのでありますから、今度の私等は神様の御心を根底として働かせて貰はねばなりません。
よく「出藍の誉」ということを言いますが、教祖は、教祖より以上の人間の現れて来ることを期待しておられると思います。「広い世界や国中に、いしもたちきもないかいな」という御言葉は、やがてそうした者が現れて来ることを、待っておられる御言葉だろうと思います。
私等人間は神様の御心になって行くということが、一番大切であります。心は人間の根であります。この根を充実し根に力を与へるということは、私等の心を向上をせしめる所以であります。こういう点から申しますと、この心を充実さすということを拡大して行ったならば、それが教会を充実するというになるのであります。
更に進んで行けば、それが信徒教師の総ての内容充実ということになるのであります。それで私は、今日に処する道として、目に見えない神様を頼りにして、内容を充実して行くのが、最も大切なことではなかろうかと、思うのであります。
ですから、どうか皆様も、銘々の心を好く省みて、どんなことがあっても倦まずたゆまず、通って頂きたいのであります。この事実の道を通って下さることが、内容の充実ということを、一日も早く成し遂げる道であろうと思うのであります。甚だ簡単でありましたけれども、私の思っていたことを申し上げたのであります。

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「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。
そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
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信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
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内容の充実(四)

この心を変へて行くと云うことは、旧套を脱して行くと云うことであります。その点になりますと、甚だ申し悪いことでありますが、年をとった方は、新しい気持ちにはなりにくい。それも本当に信仰のある方なれば「日に新たにして、又日々に新なり」と孔子が云った様に、出来ないこともありませんが、若い人は習慣性を持っているにしても、年をとった方の様に、習慣が徹底していないのであります。従って新しい気持ちになるには、年寄りよりも、若い方がなり易いのであります。又、事実の上から申しましても、矢張り今後は若い人の活動に俟たなければならないと思います。神様から見れば、若い人であろうと、老人であろうと、変わりないのでありますが、その働いて行く道にはそれぞれ異なった方面が現れで来るのであります。教内に就いて見ましたも、青年会があれば、婦人会もある。又同じ本部にしても、その中には教庁もあれば、詰所もある。と云った様に、それ/\゛仕事が分れているのあります。内を守ると云うことは年

NEW 資料 一の打ち明け
「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。
そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
~一の打ち明けより抜粋
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★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
⇒十柱の神の守護の理と八つのほこり
★【門外不出資料】
教祖140年祭、三年千日記念
★大正時代の別席講話
(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)
信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
★このやしきもとのかみ/\でてるから
にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは
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NEW★月日神社
☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈
★10月26日秋の大祭記念→十柱の神の御心と御守護
※元の神、実の神々と出会う処→ふるのさとへ!
立教188年春季大祭記念 NEW!資料「一の打ち明け」
明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、
つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。そして中央に、いざなみのみことを山沢良助氏といざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。「ちょいとはなしかみのゆこときいてくれ」朝五つ時、忠七氏の地方につれて、おつとめは始まった。そして十柱の神々は足踏みをして舞った
「一の打ち明け」より抜粋
NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)
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★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
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(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)
信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
★このやしきもとのかみ/\でてるから
にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは
★お金と信仰について 百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)
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※元の神、実の神々と出会う処→ふるのさとへ!
内容の充実(三)

この間、検定試験の口頭試問に行きましたが、こう云うことがありました。検定試験を受ける理由を聞いたら、私は信徒を二三十戸拵へましたと云いました。又教師になりたいからだとも云いました。それから、将来信徒を教養して行くのであったら、教校へ這入ってはどうか、と云うと、いや私等が六ヶ月も教校へ行ってしまいましたら、信徒はどうなってしまうか解かりません。と云う答へであったが、六ヶ月位他所へ行っていて、どうなるやら判らん様な信徒ではどうもなりません。それを恥とも思はず、堂々たる答弁だと思っているらか可笑しい。
こう云う様な信徒で教会を持っておられたら、その内部は髄分苦しいだろと思います。
逃げようかしらんと思っている様な信徒を持っていては、随分苦しいだろうと思います。人の心の中は眼に見えぬから仕合せであるが、その心にあることを姿に現して見たら、一人々々縄をついて引張っている様なものであります。そんなことでは、教会のために苦しんでいるのか、助かっているか判らないことになってしまいます。
そこで、内容充実をするにはどうすればようかと云へば、先づ内容の充実したと云うこととは、一体どんなことかと云うことから研究をしなければなりません。形の上に現れたものから云へば、教会に金が沢山あり、信徒が多数あり部下がどん/\出来る様な教会であれば、先づ充実したと云へるのであります。所がこう云う風に何も云うことのないとと云うことであれば、誠に結構ですが、大抵のものは、何か云うことがある。こゝをよく研究せねばなりません。誰もが何とかして、云うことのない様にしよと思って考へているのですが、仲々それが行かないのであります。これは、私も色々思案して見ましたが、要するに今度は、余計に凡てが難しくなるだろうと思います。何故かと申しますと、四十年祭の活動は大体に、眼に見える活動に向かって力を尽した様であります。だから眼に見えなければ駄目だと云うことがになって、眼に見える方面にばかり、多くの力が注がれて居たのであります。しかしこの眼に見えることは一体何処から現れてくること云へば、矢張り眼にみえないところから、新しいもの現れてて来るのであります。
それで、この新しい方面を開拓するにはどうすればよいかと云へば、今までの様に外ばっかり見ているのでは、新しい道は開拓されません。今後、新しい世界を見せて頂くには、自分の心を変えるということが、第一歩であります。私等の心が変わっただけの因縁が現れてくるのであります。この道は心から心へ、胸から胸へ、真から真へ、伝わって行く道であります。自分の心が変り改まることによって、共鳴する人が現れてくるのであります。そこに又新な世界が見えて来るのであります。ですから、今後は自分の心を変えて、新たな共鳴者を作ることであります。

NEW 資料 一の打ち明け
「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。
そして中央に、いざなみのみことを山沢良助氏といざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
~一の打ち明けより抜粋
NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)
吾身を忘れ、人間思案を捨てて、日々つとめはけむのが一番理に適うと思う
★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
⇒十柱の神の守護の理と八つのほこり
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★大正時代の別席講話
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信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
★このやしきもとのかみ/\でてるから
にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは
★お金と信仰について 百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)
☆やまと探訪☆
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☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈
★10月26日秋の大祭記念→十柱の神の御心と御守護
※元の神、実の神々と出会う処→ふるのさとへ!
内容の充実(二)

それで今日までは出来たものは、何処が空っぽであるかと申しますと、個々の教会については、内容の充実している所があるでしょうが、全体から云いますと、新たに出来た教会は、甚だ内容が貧弱であります。大阪辺にはそんな教会はないだろとう思いますが、家賃が五六ヶ月滞ったので、近々夜逃げをしようなぞと云う教会がないとも云へなのであります。そうかと思うと六ヶ月教校へ這入っても何も解からない。それで又前の商売を始めようと考へている人が、居ないとも限らないのであります。
現に私が学校にいる時分には、こう云う生徒がありました。私が家を出ますと二三の教校生が、その前に行きますから、私も知らん顔をして尾いて行きました。所がその教校生はどうもこの頃天理教は景気がよいからと、それで学校へ来たと云うようなことを言っていました。私はそれを聞いてガッカリしました。景気がよいか来たでは餘り貧弱すぎる。又信徒にしましても、一向何に知らない方があるのであります。何でも信徒を百軒拵へなければならぬと云うから、それに応じて信者になったのだ、と云う様な方もあります。
この様に、夜逃げをしようかと思案をしている教会や、景気がよいから教師になるとか、序だと云っては甚だ済まないが、ほんの捺印一つで信徒になった様な人々によって出来た教会に、果たして何の意義があろうでしょうか。それでも教会があるとは云へますが、それは教会の形を有っているだけでありまして、一度中へ這入って見たならば、甚だ空漠たるものであります。これが要するに空っぽと云うことになるのであります。それではそんな教会を何故拵へたかと云うことになりますが、私は拵える積りではなかったのですが、上級の人々が拵へろ/\と云われるものですから、拵へなければ済まないし、断って病気にでもなったら困ると思ったので拵へた、と云う様なものがないと限りません。

NEW 資料 一の打ち明け
「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。
そして中央に、
いざなみのみことを山沢良助氏と
いざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。
皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、
側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。」
~一の打ち明けより抜粋
NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)
吾身を忘れ、人間思案を捨てて、日々つとめはけむのが一番理に適うと思う
★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
⇒十柱の神の守護の理と八つのほこり
★【門外不出資料】
教祖140年祭、三年千日記念
★大正時代の別席講話
(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)
信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。
★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
★このやしきもとのかみ/\でてるから
にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは
★お金と信仰について 百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)
☆やまと探訪☆
NEW★月日神社
☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈
★10月26日秋の大祭記念→十柱の神の御心と御守護
※元の神、実の神々と出会う処→ふるのさとへ!
立教188年春季大祭記念 NEW!資料「一の打ち明け」
明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、
つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。そして中央に、いざなみのみことを山沢良助氏といざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。「ちょいとはなしかみのゆこときいてくれ」朝五つ時、忠七氏の地方につれて、おつとめは始まった。そして十柱の神々は足踏みをして舞った
「一の打ち明け」より抜粋
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内容の充実(一)

内容の充実と云うことは、これを逆に申しますと、内側が空っぽであるから中に確かりしたものを入れなければならない、と云うことであります。
最近、管長様から部下一般に下さった諭達の中にも、内容の充実と云うことが力説されてありますが、管長様が何故部下一般に対して、内容の充実をせよと云はれるのであるからと云うことは、私等の深く考へなければならいことであります。
現在の部下一般が内容充実していたならば、こうしたお言葉はない筈であります。それに管長様から、こう云うお言葉を聞き、又私がこう云うとを云はなければならぬと云うことは、要するに全体が空っぽだと云うことを裏書しているのであります。
然らば、如何云う所が空っぽであるかと云へば、四十年祭の活動の結果、部下一般は、教会を云わず、信徒と云わず、非常な勢いで延び拡がったのであります。この有様を判り易い例で申しますと、樹木が春から夏にかけて暖かい光を浴びると段々延びて行きます。そして花が咲きますけれども、それは非常に柔らかいものであります。だから、それを固めなければならぬと云うので、自然が今度は秋とか冬とか云うものを与
へて、固めて呉れるものあります。これと同じ様に、四十年祭と云う言葉がかゝりましてから、何もかも延びたのであります。
教師も延び信徒も殖え、総てのものが発達したのであります。けれども今度はこれを固めなければならない時が来たのであります。これが、四十年祭後に当って、先づ私等が覚悟しなければならないことがあります。ですから管長様が早く内容の充実と云うことを仰せられたのであります。従って今後は大いに内容を充実せなければならないのであります。

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「明治五年三月五日 前川家にて初めて、がぐら面をつけて、かぐらつとめが行われた。
くにとこたちのみことは、前川半三郎氏がかぶって、前川菊太郎氏が尾を持ち北に立った。をもたりのみことは、雄獅子面を秀司氏が着けて、真之亮氏が尾持ちをされて南に立った。くにさづちのみことは、巽の方におかじ(仲田義三郎の妻)さん、つきよみのみことは、乾の方に仲田義三郎氏が立った。くもよみのみことは、櫟枝村のおことさんが、東に立ち、かしこねのみことは、坤の方に辻忠作が立った。たいしょくてんのみことは、うしとらの方に、桝井伊三郎が立ち、をふとのべのみことは、西に飯降伊蔵氏が立ち八方を陣を作った。そして中央に、いざなみのみことを山沢良助氏といざなみのみことは飯田岩次郎氏が相対して立った。皆、黒紋付黒袴であった。をやさまは、床を背にして座し給い、側に地方の山中忠七氏、琴の手の小寒様、三味線はおしづが控えた。
一の打ち明けより
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海外布教の機運(七)

今度十一月廿七日の独立記念祭に、その方法が発表されることになって居りますが、年限から云っても、これが当面の問題として横たわっているいのであります。いづれ近く支那朝鮮に、伝道の機関も設けられることにでありましょうが、機関が出来ても、人が出て行かなければ何にもならないのであります。それはなぜかと云うに、神様は人間をお造りなった、所が人間は食物を求めて、段々外国の方へ渡ったのであります。日本の現状は人が多くなって食へなくなったいます。だから何れ外国へ足を延ばさねばならないのであります。本部の方針が決定していなかったために、今まで神様の御守護が餘りなかったののでありますが、今度その方針が決定されたのでありますから、神様も充分御守護を下さるだろうと思うのであります。その時は、矢張り余裕のある教会でなくてはならのであります。この余裕のある教会が、海外布教に経験のある会長を迎へたのであるから、この教会のやらすと云う神様の思召がと思うのであります。何にしても、物の始めと云うものは小さいものが、それが段々大きくなって行くのであります。この講習会が小さな渦であるが、やがて全天理教をして海外布教の渦であったのですが、あゝ云う大きな渦になったのであります。とに角この余裕のある教会が、この様な会長を迎へたことについては、天理教全体の人が興味をもって見ているのであります。
どうかこの機会を逸しない様に、将来天理教の大勢の上から御判断下さって海外布教の渦を要す一つの大きな動因を作って頂きたいことを、切にお願いす次第であります。

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★天の理
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海外布教の機運(六)

例へば会長の云われたことが、よし嘘であっても、その通りに行ったならば神様は「嘘でも誠として受取ってやろう」と仰せられている。だから人を目標とせずに、理を見て行かねばならない。それで会長の云はれることは、一時的のものではいと思って、腹の中の幕を破らねばならぬのであります。皆が会長と心を一つにして働いて貰いたいことを特に皆様にお願いして置きます。それからこの講習会も、皆様の心を心機一転させたいと云うところから計画されたのでるそうです。兎に角、今申し上げた通り会長は徹底した人でありますし、教会は余裕がありますから、神様の思召は、そこにあるかと云うことをよく考へて、充分の働きをして貰はねばならぬのであります。自分等はどうしてもこんな会長を迎へたか、若し今日までもの様に生温い風呂に入った様な、無為無策でやって行くのでのあったらら、今度の様な徹底的な会長を迎えることが必要がありません。それに今度の会長を迎へたのは、それは何を意味しているのか、もし四十年祭で働き尽した教会に、こんな会長が来たら、それこそどんなものであったか、余裕のある教会へ来られたと云うことは、此の教会に急減な働きをさせぬばならぬ、という神様の思召であります。昨日、内容はどう云うことを仰せられたか知りませんが、こゝ三年の間に元々の大教会にまでせなければならぬと申されましたのことあります。如何にも教会は今余裕うがあり、又こうした会長を迎えらたのであるから、考へて見るとどうしても元の教会までに復活をせねばならぬと共に、反面に余裕のある教会に、こう云う会長をあたへて下さったのでるから、前に働かなかったのばかりに、今からウンと働いて貰はねばならないと考へるのであります。
私の希望としては、今の会長はどう云う風に考へてをられるか知りませんが、今本部で唱えられているのは海外布教でありますから、これに尽力していて頂きたいと思うのであります。
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神さまの一番お嫌いな心使いとは(高井家資料より抜粋)
神様は「うそ」と「ついしょう」大きらい、欲に高慢、これきらい、と仰しゃる。
八つの埃(ほし、おしい、かわい、にくい、うらみ、はらだち、こうまん、よく)よりも、「うそ」と「ついしょう」は、おきらいである。
うそとついしょうの元因は、やはり、自分かわい、吾身かわい、と云う欲の心から起こって来る。自分と云うものを、よう捨てきらないからである。
かねて父から(猶吉)「この道は、良い事をしておこられる、悪口を云われる、と思うて通れば、間違いないのや」と聞かされた。言いわけをしたり、心にもない事を云うたり、中心、誠心なくて「おじょうず」を云うたり、あるいは、うそを云うたり、これ皆、吾身かわい、と云う心から有る。故に日々は神様をめどうとして、神様におもたれして、通らせて頂く、人は知らなくても、神様がご存知じじゃ、人間思案するといらん、お歌にも
めい/\のハがみしやんハいらんもの
神がそれ/\みわけするぞや
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★天の理
★大平良平資料集
★神の古記
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