増野鼓雪と天啓

増野鼓雪の書き残した文章を通じて真実の天啓を探求していく

震災地より帰りて(三)


f:id:kosetu-tenkei:20240130153006j:image
一方罹災者が食物を請う様は、目も当てられない悲惨なものでありました。殊に平常から貧困なものは、そうでもありませんが、相当な家のお嬢さんや、奥さん等は、飢えのために側まで寄って来るが、恥しがって手を出さない。手を出さなければ食物を得ることが出来ないという有様で、誠に気の毒でありました。こうして罹災民に握り飯を与へながら、上野の前まで来ると、見える限りは広い焼け野原であって、所々焼け残った洋館や、煉瓦が崩れ落ちて全く凄惨気持ちに打たれました。

帰りには、上野停車場前から浅草の方へ廻ると、大師めぐりの人々の様に、親は子を探し、子は親を索ね、夫は妻は求めて迷う人々が、ぞろ/\と列をなしています。私等の通った時は、そこらの道は綺麗に片付けられていましたが家の壊れた跡から悪臭が鼻をついて襲って来ます。それもその筈であります。家が倒れてから六日も経っているのだから、家の下敷きになった人はもう腐って居るのでります。実際今度の大震災は、新聞や筆紙では到底書き尽くすことは出来ません。

 それから浅草の方へ行く川岸には、死体がごろ/\と浮いていて、身体中手足までぶく/\と非常に太く腫れて居る。その上顔が焦げていて、丁度古い仁王さんの様になっているのでした。橋を渡って本所深川の方へ行くと、一所で三万何千から人が焼け死んだ所だと云う。一口に三万と云ってしあへば何でもないが、事実目の前に三万からの死体を見たならば、私は一生思い出して、気持ちが悪いと思ったから、途中で引返してしまいました。

高井直吉翁が息のさづけを頂く前夜に見た大竜の夢を孫虎夫が描いた絵

NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

震災地より帰りて(二)


f:id:kosetu-tenkei:20240130152858j:image
それから高崎辺まで行くと、もうそこでは流言飛言が盛んに言いふらされて地方長官の証明なければ入京出来ないかと、軍隊が守っているから決して普通では入れないと云う様なことが云はれていました。そこで私は、前橋で一先づ下車して、県庁の証明書を貰って入京しよと思いましたが、どうしても許して呉れない。又東京教務支庁は無事で、千人餘りの避難民を収容して居て、前橋から米を自動車に二台送ったとのことであるが、始め一千人から人を収容した時は、東京教務支庁には米二俵しかなかったと聞いたので、私等はそこで、味噌、さつま芋、米等を買入れて自動車に乗せ、自分等も乗りこんで入京しよと思ったのですが、その時既に県庁では自動車を徴発していたので、一台の自動車もなく、再三県庁へ交渉してみたが、どうしてもいけない。仕方がないので五日の午後前橋を立つことにしました。普通なれば、前橋から日暮里まで三時間で行ける所を、十五時間もかゝって、一寸した駅でも大方一時間づつ停車しながら、やっと六日の朝八時日暮里に着いたのであります。所が東京は割合に警戒が厳重でなく、又東京の支庁から迎えに来て下されていたので、たやすく入ることが出来ました。

私等は三日にお墓地を立って、六日の九時頃に漸く東京の支庁に着いたのでありますが、私はすぐに松村先生に会って本部の命を報告したのであります。先生は、食糧を上野の罹災民に与えるため自動車を出すから、一緒に行ったらよかろうと云われたので、その積りで待って居た所が自動車が徴発されて行く事が出来ない。やっと自動車を見付けても、自動車を動かすガソリンがない。たま/\あったとしても普段三円位で買えるガソリンが、五十円と云う高値になり、二時間も走らせれば八十円もかゝると云うので、中々思う様に手に入れることが出来ない。仕方がないので、田舎から来た荷馬車を雇って、それに握り飯を積んで行くことにしたのであります。

上野まで行くと、そこからあたりトタン屋根の見苦しい小屋が、あちらこちらに沢山建ててあり、その小屋から疲れ切った様な人々が、車の周囲に群がって来ます。所が東京市から出ている飯は、玄米で作ってあり、支庁の方から持って行った握り飯は白米であったので、罹災者は非常に喜んで呉れたのであります。その中にあんまり綺麗な握り飯を配ったものであるから、警察へ届けた者があったので、警察から調べに来たが、私等は天理教の東京教務支庁から救済に来たものであると云ったので、事もなく済みました。

高井直吉翁が息のさづけを頂く前夜に見た大竜の夢を孫虎夫が描いた絵

NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

震災地より帰りて(一)


f:id:kosetu-tenkei:20240130152813j:image

本月の三日に本部から、東京の震災地へ出張を命ぜられまして、漸く一昨夜帰って来たのであります。

 皆さんは、東京横浜方面から、この学校へ入学するためにお帰りなった方々でありますが、今度の震災で、さぞ家のことが心にかゝって居られることと思います。それで私は、極く大略でありますが、私の見て来た所をお話しようと思うのであります。

 私等は三日の朝に御地場を立ったのでありますが、道で用事を済まして行ったので、大阪発十二時半の記者に漸く間に合う位の時間になりました。所が行って見ると、大阪駅内は上京する人で一ぱいに埋って、仲々まともに乗れないので、無理やりに乗り込んだのです。私等の箱は二等車でありまいしたが、漸く体を入れる位のが関の山で、座ることは愚か、身動きも出来ないような有様でありました。

名古屋へ着いたのは夕方で、それから中央線へ乗り替へようとしたのですが、それよりも矢張り乗客が一ぱいで、乗り切れません。それで次の汽車を待つことにしましたが、それも亦満員で仕方がないので、中山様と私と本部の青年の方とは別々に分かれて乗ることにしました。夜遅くやっと名古屋を立って篠井に行きましたが、のその汽車は篠井が長野で乗り換へねばならないので、私は長野まで乗り越したのであります。けれども長野も亦人が一ぱいで、まともに乗れないと思ったから、汽車の窓から飛び込みました。この頃の汽車は窓から乗るのが普通の様に思われていました。そして先に乗り込んで座っていると、窓の外から又他の人が足を突きこんで、背中のところへずる/\すべり込んで来るので、止むなく立つことになる様な次第であります。

NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

地場を辞する人々へ(五)


f:id:kosetu-tenkei:20231130163108j:image
「用木に神が入り込む」と神様は仰せられています。心に神が入り込んで働いて下さるのでありますから、人間思案の及ばぬことが見えて来るのは、何も不思議ではないのであります。所で、神様に入り込んで働いて貰はうとすには、此方の心を綺麗に掃除して置かなくてはなりません。

 一度行って綺麗な家であれば、もう一度行こうかと云う気ににもなりますが、それと同じで、こちらの心が綺麗にさへなっておれば、神様は何時でも入り込んで働きをして下さるのであります。そうなれば世界の人は、何ぼでも従いてくるのであります。それでありますから「あの人の所へ行けば、何でも助けて下さる、不思議だ」と云う風に、世間の人が観て呉れる様にならなければ本物ではありません。人間思案から出た善いことを教える位の考では到底お助けは出来るものではありせん。

善いことを云ったり、賢いこをと考えたするのならば、坊さんの方がお道の布教師より余程偉いと云はなければなりません。しかし神様が入り込んで、不思議な助けをしたり、総てのことを真実から行うてかゝると云うことになりますと、世界の人では出来ないのであります。これはお道の人だけが恵まれた特権でありまして、そこが大へん変っている所なのであります。行うた上から澄ました所に、神様が入り込んでお働き下さるので、教えを広めに行く以上は、私たちはお互いに神様の御名代だと云う覚悟がなければなりません。で神様も「まさかの時には月日の代理とも云うたる」仰せられております。取次人、代理人として、本当に神様の御心にある所を真面目に教えてさへ行けば、神様もそれを見ていて下さるから「あの者にところへ連れて行けば、神の心を取次いでくれるから」と云うので、神様も信用して、幾らでも新しい人を連れて来て下さるに違いないのであります。ですから布教に出て行けば、最初神様がお与え下さった病人を大切にして、それを助けて貰はねばならぬのであります。最初与へられた病を助けられない様では、神様の御試練に負けてしまっているのであるから、どうせ碌なことはないのであります。

これを要するに、皆さんはお互いに、神様の代理人として立って居るのであると云う固い信念と、全世界は自分の子供だと云う広い大きな自覚を以て、進んで行って下るならば、今まで私が色々にお話したことは、皆生きて来るに違いないのであります。

 ですからこの強い自覚を持って、四十年から五十年様へかけて、懸命の活動に従事されんことを切に望む次第であります。

高井直吉翁が息のさづけを頂く前夜に見た大竜の夢を孫虎夫が描いた絵

 

NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

★大正時代の別席講和

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

天の理

大平良平資料集

貸物、借り物の話

神の古記

中山みき神言集

神・中山みき伝

中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは 

★真おふでさき解釈

  

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。

(中山みきの神言集より)

★からとにほん - hurunosato ページ!

★天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平 - hurunosato ページ!

天理教と現在主義 大平良平 - hurunosato ページ!

☆やまと探訪☆  

 

地場を辞する人々へ(四)


f:id:kosetu-tenkei:20231130163048j:image
所で、学校を卒業せられたら、夫々国所へ出て布教をして貰はねばならないのでありますが、今までやって来た様な布教の仕方をして居って貰っては困ります。何故ならば、神様は「三年経てば遠慮気兼は要らぬ」と仰せられています。これまでは、お道の人は、世界の人に対して遠慮をして来たのです。又気兼をして通ったのであります。けれども今日の時代になっては、遠慮も気兼ね要らないのであります。世界の人々に向って云いたいことを云へばよいので、何も恐れる必要がない様になって来たのであります。

人間の心を広く持って行くことはよいことですが、何もヘイ/\ハイ/\と矢鱈に頭を下げて通らねばならぬことはないのであります。今日では教祖が亡くなられてから三十幾年になるのですから、もう何も遠慮することはありません。理の上から考えて見ても、又それが当然であります。皆様が御授けを頂かれた時、仮席で先生から「神様のお話を取次しても貰う時には上座に座って話すか、若し上座に直れぬ時は対座をして取次ぐ様に」と云うことを聞かされておられる筈であります。人間の話をするのであれば下から話してもよいが、人間の親である神様の御名代として、立たして貰うのであるから、必ず上座に直ってやらなければなりません。水が下から上へ流る時が来たら、下座から話をしてもよいが、神様の代理をしているのであるから、何も遠慮することはないのです。こちらから聞いて来れと頼みにでる様ではなりません。「この道は頼み歩く道やない」とも仰せられているのであります。

 こう云へばそんなことを云うていては信徒が出来ないと云うかも知れないが、来て呉れなければ来て呉れるまで待って居ればよいのである。それ位の辛抱が出来ぬようでは、布教などに出ない方がよろしい、神様も「来んものに来いとは云わん、来るものにいねと云わん」と仰せられています。来いと云はなくとも来たいものは従いて来るものです。それに、彼方へ頼み彼方へ頼んで、話を聞いて貰へませんか云いますが、そんなにしなくとも、人と云うものは従いて来るものであります。

冬の寒い時に、野原で真中へ集まって来いと云っても誰も来ないが、部屋に火鉢を置いて、暖かくして置けば何も云わなくともひとりでに寄って来るものであります。またそれが天理であります。それで集まって来ないなら嘘であります。理が添いさへすれば、そこに人々の集まって来るのは当然であります。

 大体、人間と人間の間には、決して変った所はないのでありあります。それは人間には多少美醜賢愚の差はありますが、同じ人間でありあすから、心はそう大した変わりはありません。だから、人が人に教えを説くことになれば、別に珍しい変わったことはありません。がそこに神様が添って下さるから、不思議なこととが見えて来るのであります。どんな珍しいことでも現して下さるので、それさへあれば自然に人が集まって来るのでありますから、遠慮したり、頼み歩いたりせずに、堂々とした態度で教えを流して行かなければならぬのであります。

 

高井直吉翁が息のさづけを頂く前夜に見た大竜の夢を孫虎夫が描いた絵

NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

★大正時代の別席講和

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

天の理

大平良平資料集

貸物、借り物の話

神の古記

中山みき神言集

神・中山みき伝

中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは 

★真おふでさき解釈

  

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。

(中山みきの神言集より)

★からとにほん - hurunosato ページ!

★天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平 - hurunosato ページ!

天理教と現在主義 大平良平 - hurunosato ページ!

☆やまと探訪☆  

 

 

地場を辞する人々へ(三)

 



この希望の光りある中に、皆様が世上のことを止めて、教校へ這入って来られたと云うことには、大へん大きな意義があります。皆様には、皆様個人としての意義があるのであります。同時に神様としても、又大きな思召があるだろうと思います。

一体この御地場と云うところは、来たいと思っても来られるものではなく、又来たくないと云っても神様に連れて来られたら、嫌と云う訳には行きません。この御地場に来ると云うことは、神様が引出すと仰ったのであります。なんぼ行きたくないと頭を振っても、神様から見込まれた以上は、どうしても出て来なくてはなりません。

兎に角、神様のお思召についたものは、嫌でも応でも連れて来られるのでありますから、皆様がこゝへ出て来られと云うのも、神様に引き出されて来たのであって、それを自分で来た様に思っているだけ、神意が分らぬのであります。それでは神様の如何なるお思召で、引き寄せ居られるのであるかと云へば、この道が広まって行くに連れて、それだけ余計に道具が入用になって来るからであります。

又大きい仕事を仕ようとすれば、矢張それだけ大きな道具も要れば、人の数も沢山要る訳であります。ですからこゝに居る間に御仕込みを受けるのでありますが、神様の思召に添わない人は、こゝに居る間にも、命を果して行くのでありまして、同じ様に育てられても、どんなものになるかは判らないので、神様の御心に叶わぬものはどん/\淘汰されてしまうのであります。そして残った方は、国々に帰って、神様の道具として、又足場となって、ウンと働いて貰はねばならぬのであります。

 

高井直吉翁が息のさづけを頂く前夜に見た大竜の夢を孫虎夫が描いた絵

NEW★立教187年春季大祭記念 高井家資料(更新中)

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

★大正時代の別席講和

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

天の理

大平良平資料集

貸物、借り物の話

神の古記

中山みき神言集

神・中山みき伝

中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは 

★真おふでさき解釈

  

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。

(中山みきの神言集より)

★からとにほん - hurunosato ページ!

★天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平 - hurunosato ページ!

天理教と現在主義 大平良平 - hurunosato ページ!

☆やまと探訪☆  

 

 

地場を辞する人々へ(二)


f:id:kosetu-tenkei:20231127171811j:image
四十年祭までは、前にも述べた様に兎に角恐ろしい勢で進展して来ることでしょうか、そうなると四十年祭後の天理教は如何なるかと云うのに、私はそれは余程大きな節になろうと思うのであります。何故ならば四十年祭に続いて、五十年祭が来るからであります。五十年祭と云へば、御教祖御帰幽御の五十年目であると共に、天理教立教の百年に当っているのであるから、その祭典の盛大なことは云うまでもありませんが、現在本部でしておられることは、要するに五十年祭に対する準備であります。

これまでは天理教の歴史から云へば、十年目毎に何か節が現れて来ているのであります。この来るべき四十年祭にも、何か節があるであろうと思っています。峠を越せばやれ/\い云って、一ぷくするように、今度の四十年祭が済めば、皆がやれ/\一安心と云うので、一ぷくするであろうと思います。しかしまた直ぐ持ち出されるのは、五十年祭と云う大きな問題でありますから、その一ぷくも一年か一年半位にして、又活動を始めるだろう思います。そうなれば、私等お互いは息をつぐ暇もないと覚悟せなければなりません。そうして天理教全体がまた大活躍を開始したならば、そこには、予想しないことが出来上がって来るかも知れないのであります。想像以上に目覚ましいものになるのに違いありません。こう考へて見ると、天理教の将来は益々希望に輝いた幸多いものであると云はねばなりません。

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

★大正時代の別席講和

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

地場を辞する人々へ (一)


f:id:kosetu-tenkei:20231127171745j:image
今日は皆様が何故教校へ入学して来られたか、そうして今後如何にして通って行けばよいか、と云うことをお話する積りでありますが、この話が本当に判りさへすれば、これまでお話したことが、皆様の胸に蘇って来る時期があるだろうと思います。

話を進めて行くに先立って、現在のお道の有様はどうであるかと云うことから、お話して行くことにします。併しこの現在のお道の有様と云うものは、皆様が半年もこの御地場に居らたことでありますから、大体は判って居られることだろうと思います。だから極く大体を申しますと、この頃のお道は非常に活気が表れ、人々の精神が大変緊張しているのであります。今から四五年前のそれと比べると、正に隔世の感があります。

勿論これは大正十一年の春に、来る十五年の一月に 教祖四十年祭を執行すると云う旨を本部から提示さられまして、この実行方法として、誰が云うともなく、倍加運動の型を取とる様になって来てからだろうと思います。所がこの倍加運動の型をとる様になって来たからだろうと思います。所がこ倍加運動も、凡て数字の上に現れた天理教の教勢を倍にすると云う大きな運動でありますが、今年の中にはそれが出来上がりそうになって来たのであります。しかし宗教と云うももの本当の発達から申せば、倍加位のことではいけないんのであります。鼠算と云うことをよく云いますが、それでなければならないのであります。鼠と云う奴は、一ぺんに七匹も八匹も子供を産みます。その子供が又七八人匹の子供を生みます。この様にお道全体のものが、少なくとも一年に七八人新しい信徒を作る云う様にして、発達して行かなければいけないのであります。それから見れば倍加などど云うことは、まだ/\鈍い動きであります。しかし教祖四十年祭と云うことが云い出されてから、僅か二年半の間に、こゝまでの成長をして来たと云うことは、非常に発展と云ってもよいのであります。この調子で進んで行けば、四十年祭までには、もっと大きなものが出来て来ようと思います。これを実際の上から云っても、この教校などの最初私が来た当時には、生徒が二百八十名程しか居なかったのです。それが次には五百になり、八百になり、千になり、二千になりまして、到頭三千と云う数までに、異常な勢いで増して来たのであります。今日でこそ学校も大きくなって来ていますが、こゝでになるには随分種々のことがあったのであります。生徒が殖えるから教室を建てて下さる様にお願いする度に、そんな大きなものを建てて、後で空家になっては仕様がないのではないかと、必ず一度は叱られたのでありますが、段々大きくなって、今日の様になって来たのであります。けれども私が理想通りの教育をいしようとすれば、この位の大きさの学校が、もう二つ三つなければならぬのであります。しかし思う通りにならないので、こんな具合に寿司詰めの様に狭い所へ這入って貰っているのであります。一組に五十人位の生徒を容れて教へるのならば、丁度芋の皮を一つ一つむく様に、綺麗にして行くことが出来るのですが、今日ではとてもそう云う訳には行きませんから、一つの桶に入れた芋を洗う様な工合に、同化してゆくより外にないのです。それでもこちらが搔きまはして居れば、皆が勉強をして下さるので、お互い同志の間で、自然に皮がむけてしまうのです。そうした乱暴な方法を採っているのでありますが、次の期には四千名の生徒が来ると云うことになっています。そうなれば学校は一杯になって、とても容れ切れないのであります。けれども容れ切れないからと云っても、今は教室を建てる場所がありません。また時日もないので、都合に依れば夜昼にでもやろうかと思っています。そうすば神様も喜んで下るだだろう思います。

この調子で進んで行けば、この先本校はどうなるか分からないのであります。或は五十年祭には、三四萬の生徒が来るかも知れません。斯う云うと、皆さんは笑うかも知れないが、私が来た時には僅か三百足らずの生徒だったが、今日では三千人にもなっています。その当時には、三年後にならば三千からの生徒が来ようとは、誰も想像していなかったのであります。だから三四萬は来ないとも限らないのでありまして、この調子で伸びて五十年祭にもなれば、大した数の生徒が来ることだろうと思います。しかしこれは将来のことであって、現在三千の生徒が居ると云っても、これを日本全国に撒いたならば極く少ないものです。一教会に分けて見れば、一人に足らないことになります。少なくとも一教会に三人や四人に教師がないことには、本当の活動が出来ないのですからそうなれば、三萬や四萬来る位のことは何でもないのであります。従って、私の三萬入学説は事実となるかも知れません。一つの教会で、一年かゝって一人や二人位の信徒が出来ない様なことでは、なんとも仕様がないのであります。

 

 

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

神の守護(五)


f:id:kosetu-tenkei:20231116155159j:image
心を合せて喜んで道を通れば、神様も喜んで働いて下さるのでありますが、成らん様なことでも、神様の御守護で出来るのであります。人間は成ることは誰でもする様に思いますが、道は成りそうなことが成らず、ならんことが成って来るのでありますが、そこに神様の働きがあるのであります。成らんことをする時には、成らんと思いますから、神様にお縋りをする、神様は縋るから出来るのであります。人間に出来ると思う時には、神様にお縋りせないから、神様のお働きが添わないのであります。

そこで道のものは、自分の精一杯させて頂かうと云う精神ではまだ足りないのであります。自分の力以上の、出来ないことをさせて頂くと云う精神でなければならないのであります。その精神に神様がお働き下るのであります。世界の人の出来ないことをして行くのが道であります。

あの御本部の御普請をさせて頂く様になったのも、当時本部の会計では、毎年幾万円か足りなかったのでありますが、その時端なくも大きい普請をせよとの御指図があって、それが動機となって出来たのであります。人間の出来難いと思う時に、神様はせよと仰せられているのであります。神様はいつも人間の考へと、反対のことを仰せられるのであります。しかし人間が出来ないことをするのは、神様のお力が現れるからであります。私等はいつも力以上のことをさせて頂く精神でなければならないのであります。

勿論各教会に於きましても、四十年祭の働きについては、十分働いて下さっていることは思いますが、最後に充分精神を充実して、力以上に立派な働きをして下さらんとことをお願いする次第であります。

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

 

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

神の守護(四)


f:id:kosetu-tenkei:20231116155114j:image
人はよく慾を取って終うと云うことを言って居ますが、慾は取れるものではないのであって、慾は忘たらよいのであります。神様も慾を捨てよとは云って居られない。御神楽歌の中にも「慾を忘れてひのきしん」と仰せられていますが、実際は慾は取ろうしても取れるものではありません。要するに慾は忘れたらよいのであります。この慾を忘れることを果たすと云うのであります。そして果たすから助かるのであります。

例へば喉が渇いて水の飲みたい時に、呑まないとするから苦しいのであります。飲まずに何時までも辛抱の出来るものではありませんから、飲んで果せば水を飲みたいと云う慾を忘れることが出来るのであります。この時に水を飲むことが果たすことで、果たすから忘れ、忘れるから苦しみがなくなり、助かるのであります。お道でも埃の財産を持って居て、心を苦しめている人がありますが財産を持っているために苦しむのなら、それで果してしまへば心が助かるのであります。

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

 

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

神の守護(三)


f:id:kosetu-tenkei:20231116155042j:image
人はよく分るとか分からんと云いますが、世の中のことは分からん方がよいのであります。人間で考えて分からないのが本当であります。分ると云うことはものを分けることであって、ものが分れば小さくなってしまうので、分からない方が大きいのであります。

 教会などでも、来る信徒がいつも同じ信徒で、分かった顔の人ばかりでは、いけないのであります。来る人来る人皆知らん顔ばかりになるようでなければならぬのであります。何時も来る人が分り切っているような教会は、盛な教会ではないのであります。分らん新しい顔が、どん/\殖える様な教会は盛んであります。宣教所長や、支教会の会長やと云って威張っていても、大教会へ来れば、所長やら会長やら分からないのであります。又本部へ来れば分教会長位では分からないのであります。何々分教会長だと云っても、そんな分教会長があったのかな位のものであります。

この様に大きくなればなる程、分からなくなるものであります。分る内はまだ小さいのであります。大きくなると分からないのであります。これから段々お道も分らないのであります。又本部へ来れば分教会長位では分からないのであります。何々分教会長だと云っても、そんな分教会があったかな位のものであります。

 この様に大きくなればなる程、分からなくなるものであります。分る内はまだ小さいのであります。大きくなると分からないのであります。これから段々お道も分からなくなるだろうと思います。

教理も分からないのでよいのであります。分れば小さくなります。分からないから大きいのであります。分らん話を聞いて、分からんことが得心出来たら偉いのであります。分っても分からないでどうでもよい、と云う様になって通れたら結構であります。先年も大阪のある教会へ行った時に、そこの役員がこんなことを尋ねたのであります。「教務支庁は何故あんな立派なものを立てる必要があるのですか」と聞くので、よく聞いて見ると、まだ教務支庁の寄付金を治めいない、そこで「その理由を聞かして欲しければ、先づ寄付金を納めて来なさい、持って行くものを持って行ったら分かる」と答えたのでありますが、持って行くものを持って行かないから分からないので、出すものを出しさへすれば、後は大きく立派なものほど結構と云うようになるのであります。あはよくば出さずに済まそうと思うから、その理由を聞かねばならないことになるのであります。身にかゝったことは果たさねばならん、と云う心を持って通って行ける様になられば良いのであります。

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

神の守護(二)


f:id:kosetu-tenkei:20231116155014j:image
信仰の経路から申しますと、最初は貸物借物の理を聞かして貰うのでありますが、貸物借物の理に次いで、心一つが我がの理であると云うことを聞かして貰うのであります。そしてこれが悟れたら、因縁を自覚させて頂くことが出来るのであります。自分と云うものを本当に悟った人は、仏教でもこれを現世成仏と云いますが、本当に自分自身を知るには、自分の真の姿を見出さなければなりません。自分の真の姿を見出した人が、本当に自分が悟れた人であります。

自分と云うものを本当に悟ったならば、自分は神の子であると分かって来るのであります。神様と人間とが親子でることが分かった時が、自分と云うものが本当に悟れた時であります。神様と人間は親子であるから、私等は自分の心から神様の御心を悟らなければなりません。神様の思召が分れば、自分の心に神様が入り込んで下され、又神様の心になることが出来るのであります。これが道であります。神様は、人間に神の子供であることを悟らせてやりたいと喜んで居られるのであります。

私等は、自分と云うものは霊魂一つであることが分ればよいのであります。私等は何を見るのも何を聞くのも、魂によって見聞きしているのであること分ればよいのであります。霊魂の意識と云うことがありますが、今では魂のことはあまり説かれてありません。しかし教祖を深く考えて見ますと、御教祖は所々に説いて居られるのであります。実際にこの教えでは霊魂の自覚に入らなければ本当ではありません。

今の人は餘り魂のことを考へながら、昔の先生は魂の事を深く考えておられたのであります。私が小さい時に父に向って「別席の話ほどつまらないものはな。眠いだけで何も分からない、眠らん様に話し貰いたい。」と云ったこがあります。所が父は「お前の云うことが間違っている。眠くなるので良いのである。神の話によって、人間にの悪気立った心が静まるから眠くなるので良いのである。」と答えられたんのでありますが、人間は寝ている時が一番助かっているのであります。病気した時でも、寝られるのは病気が軽いからで、重かったらともても眠れないのであります。話を聞いて眠くなるのが本当であります。

この様に先生方が話をせられるのは、魂に徳をつけてやろうと云う精神であったのであります。この魂に徳をつけると云うことは大きいことであります。

例えばこゝにありますコップにしても、アルミ製の極く粗末なものでありますが、これは御教祖のお使いになったものだと云えばどうでしせう。コップに徳がついて、こんな粗末にコップが相当の価値のあるものとなるのであります、

凡てお道は、この様に魂に徳をつけて行かねばならぬ道であります。昔の人はこの魂と云うことをよく考へられたが、今の人はこのことを餘り考えなのであります。今の人は後から突かれなければ、動かないと云う人が多いのであります。要するに神様の思召は、魂に徳をつけてやりたいと云うことにあるのであります。

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

 

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

★大正時代の別席講話

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

神の守護(一)


f:id:kosetu-tenkei:20231116154929j:image

人はよく誠と云うことを申しますが、本当の誠はそういう口で云う様に、容易に現れるものではありません。本当の誠は一番苦しい時に現れるものであります。

一切を捨てて難儀苦労をする中に、誠が現れるのであって、難儀苦労をすると云うことは、誠を知る為に必要であります。

凡てのものを捨てることは、それ以上の物にありつくことであります。例へばこの手の中に、或一つの物を持っている時に、他の一つのものを掴みたいと思へば、現在持っているものを捨てなければなりません。私等は財産を捨てることによって、もっと大きいものを掴むのであります。世の中のもので、目に見えるものよりも目に見えぬものに尊いものがあるのであります。私等は見える貴いもものよりも、見えない大きいものを掴むことが必要であります。大きいものを掴むと云うことは、神様の思召を知ることであります。この神様の思召の分かることが一番尊いのであります。子が親を信じる様に、神様を信じて通れば、神様の思召が分り一切が明らかになのあります。

然し神を真に信じて通っている人は少ないのであります。世の中には自分の親を疑っている人があります。私等はどこで誰に生んで貰ったかと云うことは、親の言うことを信じなければ分からないのであります。親の言葉を信じて始めて総てを知ることが出来るのであります。ですから私等は親の言葉を信じるより外にないのであります。この意味から云って教祖は私等の親であります。この世のことは親である教祖が現れて下さって、凡てを知ることが出来たのであります。それで私等は教祖の御言葉を信じることが一番大切であります。

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

  ★大正時代の別席講話 

(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

年限の理(五)


f:id:kosetu-tenkei:20230912155811j:image

知ると云うことと感ずる云うこととは大変意味が違います。教祖の御言葉でも、それを知るのは誰でもすぐ知ることが出来ます。けれども本当に教理を感ずるのには、一つの教理でも十年位はかゝるのであります。

そこでこのお道は「年限の道」と仰せられてあります。自分で行って来て、心に悟って始めて分かるのであります。お道でも商売をやめて布教師になった人は、商人の心がよく分って居りますから、信者に商人に多いと云うようなことがになるのであります。

 この様に信仰と云うのは、年限を重ねてその年限の間に、絶えず新しい努力を以て、心を浄化して行きますならば、本当に深い信仰に入ること出来るのであります。ですから皆様も、よく神様の御言葉を悟って、たゆまず一つの道に、お進み下さらんことをお願い致します。

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

 

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ

 

 

 

年限の理(四)

年限の理

この様に道を辿り行くのには、何かなしに行くのであるかと云いますと、決してそうではありません。そこに何か目標がなければなりません。そしてその目標は必ずしも一様ではありません。時によると変わるのであります。初めて信仰する人は、神様に身上を助けて貰うのは目的であります。普通の信者なれば、身上を助けてもらえれば、それでよいのでありますが、人を助けしても貰う人はそれではいけません。人を助けるだけの或ものが、自分になければ助けることは出来ないのであります。

教組は「通った道が話の種」とも仰せられています。どうしても最後は、経験であります。自分が気楽な経験ばかりしていたのでは、人の苦しみは分らぬのであります。ですから本当に同情が起こらないのです。又苦しみ分らなければ教理も説けず、人の助けも出来ないのであります。

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

★十柱の神々の守護の理と御心を知るとが大開運と健康増大に直結する。
十柱の神の守護の理と八つのほこり

門外不出資料】

中山みき高弟子の十二下りのみぐら歌の解き分け

教祖140年祭、三年千日記念 

★大正時代の別席講和(国々所処の手本となることが用木の目指す心得)

信心というは日々の心の勤めを言う。拝む事にあらず。心の勤めというは身の勤めその勤めは日々家業大事道正直が一の勤め、内々睦まじく互い互いの孝心の理が第一。二つ一つの理をめん/\が心の理に治めて、何時/\までも変らんよう。世界から見て感心、聞いて感心する様に運ぶが第一の信心という。この世の元々真実の両親は天の月日様なり。世界中の人間は皆親の子、一列は皆兄弟なり。身の内は神の貸物、心で日々思うだけの理が我が物であるから、皆々互いに、しんの心から誠をつくして親切に助け合いをして暮せば、しんの兄弟というなり。 

★天の理

★大平良平資料集

★貸物、借り物の話

神の古記

★中山みき神言集

★神・中山みき伝

★中山みき在世時代の病諭し

★このやしきもとのかみ/\でてるから
 にんげんはじめもとのいんねん⇒第八号欠損しているお筆先の意味とは

教主政従の時代 大平 隆平

お金と信仰について  百万のものを持ってくるより一厘の心を受けとる。(中山みきの神言集より)

からとにほん

天理教祖の抱ける世界統一の大理想 大平良平

天理教と現在主義 大平良平

☆やまと探訪☆ 

NEW★月日神社

☆お筆先第6号52番 伊弉諾と伊弉冊は一の神 これ天照皇の大神宮の解釈

春日大社と月日信仰 春日信仰とは月日親神信仰である。

10月26日秋の大祭記念十柱の神の御心と御守護

 ☆病諭し編⇒八方八柱の神人体御守護所細密並に悟り諭しの根本

※元の神、実の神々と出会う処ふるのさとへ!

            ふるのさとサイトマップ