増野鼓雪と天啓

増野鼓雪の書き残した文章を通じて真実の天啓を探求していく

神一条の道 二(二)


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ある時にある人が、暑い日の照っている時に、傘を以て高下駄をはいて外出したのであります。それを見た人々は、この好天気歩く傘を持って高下駄をはいて歩く人がると云って笑っていたのであります。所が今まで良かった天気ががらりと変って、大粒の雨が降って来たことがありますが、これは扇のうかがいで雨になることが分かっていたのであります。つまり扇によって神意を知ることが出来たのであります。お道の布教者は教理を説くのみはいけないのであります。神様の心を人に伝へて、そこの天の理が働いて来なければならのであります。

 このことをもって分かり易く、もう一段奥へ入ってお話しますと、勤め一条、話一条、助け一条、の三つとなるのであります。勤め一条と云うのは、私等神様のためにお勤めさせて頂くことであって、それにはめい/\勝手の心を使ってはいけないのであります。神様の御心を受けず、自分の心でやったことは人から見てどんな立派なものであっても、神様に対する勤めが出来ているのではありせん。人がほめてくれても、神の心によって出来たものではなくて駄目であります。神様の言葉である以上は、それが分ろうが分かるまいが、神様の御言葉のまゝに一生懸命に働かさせて貰うと云うのが勤めであります。この勤めをしている間に、道が分かって来るのであります。勤めをさせて貰っている間に神の心が分かって来るから、人に話をしても理を次ぐことが出来るのであります。神様と人間との間に心が行き合う様になっているが出来るのであります。神様と人間との心が行き合う様になっているのが取次人であります。

御言葉にも「さとし違いのないよう、さとり違いのないよう」と云うことを仰せられていますが、こゝで話一条の道が現れて来るのであります。勤めをすることが助けの元となるのでありますから、勤めを完全にして置かないと、完全な話は出来ないのであります。勤めさへ完全に出来ていれば、話をしても親の心に添った話が出来るのであります。親の心に添った話であったならば、沢山お話をせなくても、一言でも人が助かるのであります。総て理のある人の言葉は、一言で腹の中に治まるものであります。

教組は人が集まって来ても、ダラ/\と長い話はせられなかったのであります。ただ「やさしい心になるのやで」を云うように一言の話であったが、それで人が助かったのであります。兎に角勤め一条が出来、話一条が出来て、元一つの理が分かれば、助け一条となるのであります。

神様は「元一つの理」を云うことを仰せらていますが、沢山の教会多数の教師は、教祖五十年の御苦労の理から出来て来ているのであります。この理が天理王命であって、お道は汎神教でもなけば、多神教でもないのであります。

 天理王命は神が教祖にお与えになった名でありす。けれども人間に神名をつけては、はたが承知しないだろう云うので、地場にその理を下されたのであります。それで地場が即ち天理王の命であります。それで私等が地場に尽すことは、即ち天理王命に尽すことになるのであります。

 

令和4年4月30日元の神、実の神である大龍神・くにとこたちの命様がやまとにご出現される

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